Sana Hastakala|ネパール フェアトレードNGO

フェアトレードNGO
「Sana Hastakala/サナハスタカラ」 ネパール
「Sana Hastakala/サナハスタカラ」は、ネパール語で、「小さな手工芸品」という意味。ユニセフの援助のもと、1989年に設立されました。フェアトレードNGO「Sana Hastakala/サナハスタカラ」は、品質は優れていながらも、ネパールの山がちな地形のために、市場に出すのが困難な ネパール中の手工芸品を紹介することで、生産者が現金収入と新しい技術を習得するのを支援しています。サナの手工芸品の生産者は、主に女性です。近代技術を取り入れるだけでなく、伝統的な手工業技術を復興し、育成することにも取り組んでいます。
○手工芸生産者を支えるために
ネパール各地の低収入の手工芸生産者をサポートし、カトマンズに構えるお店で販売したり、海外に輸出したりしています。
○伝統技術の復活と新しい技術の促進
作り手の80%は女性です。扱っている製品はフェルト、ウールニット、手漉き紙、織物、アクセサリー、真鍮細工、衣料、ヘンプ製品、ビレッジレザー製品など多岐に渡り、ネパールの伝統技術を復活、維持するのに日々努力しています。また、新しい技術の習得の場を設けています。
○ネパールに広がるフェアトレード・ネットワーク
ネパールのフェアトレードNGO同士でネットワークを作り、手工芸品生産を通した貧困層の自立支援という共通の目的のもと、貿易やデザイン、政府への政策提言など様々なことについて話し合いの場を持っています。
○SANA HASTAKALAで働く生産者「バビタ」さんの手紙
私の名前は、バビタ ラジュバンダリです。 35歳で、高校卒業資格(*1)を持っています。
カトマンドゥーに10歳の娘と住んでいます。
娘は、今4年生で、名前を、ビバ ラジュバンダリといいます。
私は、サナのプロダクション・ユニット(*2)の一員として働いています。
サナには姉に紹介されて2001年から働いています。
ここで、私は洋裁の技術を学びました。数年後、家族の助言と支えを得て、自分で小さな仕立て屋を始めました。
ところが、その後、家族に不幸が立て続けに起こり、私の良き支えでいてくれた夫を失ってしまいました。
そして、娘と私は、行き場を失ってしまったのです。
すぐに私は自分の仕立ての仕事だけでは、生活ができなくなりました。
そこで、私は、サナにもう一度お世話になることになったのです。
サナは、いつでも、私のような本当に困った状況の女性に門を開けて待っていてくれました。
そして今、私は、サナのプロダクションユニットで、裁断担当のスタッフとして働いています。
サナに入って、私と娘は新しい生活を手に入れることができました。
今日、私は、自分たちの生活と娘の教育費をまかなうだけのお金を得ることができています。
私の一番の夢は、娘にきちんとした教育を受けさせてあげること。
そして、彼女を立派な真人間に育て上げるということです。
私は、サナ ハスタカラの仲間を家族と思っていて、彼女たちから、私は本当に大きな愛と思いやりをもらっていると思います。
ここにいれば、私は決して一人ぼっちだと感じたり、途方にくれたりするような思いをすることがありません。
だから、私も、責任のある家族の一員として、サナのみんなの役に立てるよう、人生をかけて頑張りたいと思うのです。
最後に、サナの愛とサポートがいつも私にあることを願うとともに、
シバ神が私たちを安全と平和のうちに守ってくれることを願っています!!
Babita Rajbhandari
*1: SLC(School Leaving Certificate) - 10年間の教育を受けたという証明。日本の高校1年に相当します。
*2: プロダクション・ユニット - サナのオフィスがある建物の2階にある部屋で、聴覚や四肢に障害を持った女性をメインに20名ほどが毎日ミシンを並べて働いています。彼女たちはインハウスプロディーサーと呼ばれています。この他、サナの生産者の大多数は、自宅で作成したものを持ち寄ったり、カトマンドゥーから離れた、隔地の生産者グループのメンバーといったエクスターナルプロデューサーと呼ばれる人たちです。
フェアトレードNGO「Sana Hastakala/サナハスタカラ」の活動方針・ネパールの豊かな芸術的技術と手工芸技術を保存する
・ネパール製手工芸品の輸出を推進する
・ 手工芸生産者を支え、ふさわしい職業訓練の場を提供する
・ ネパールの他の地域、特に経済的に貧しい地域から取り寄せた手工芸品を推進する
・ ネパールのあらゆる地域から伝統手工芸品を探し出し、より高品質なものにするための支援をする
・ 一定の基準に合えば、手工芸生産者への金銭的支援を行う

